第一回世界俳句協会日本総会報告


湊 圭史
WHA会員
 
2005年4月30日、東京新宿の喫茶ルノアールにて、世界俳句協会の日本在住会員による初の年次総会が開かれた。この世界で注目を浴びつつある俳句詩形を紹介・推進していく活動における重要な一歩を祝うために、日本在住の会員の過半数が集い、俳句および俳句形式がこれからとるべき方向についての意見交換が行われた。参加者は、秋尾敏、一井真理子、宇井十間、梅津淑子、表ひろ、金子泉、鎌倉佐弓、河口俊江、小泉龍徳、小林俊子、佐藤貴白草 佐藤文子、清水国治、末広陽惠、高宮千恵、竹内絵視、樽谷俊彦、丹下尤子、中尾律子、中村武男、夏石番矢、野谷真治、長谷川裕、湊圭史、三宅睦子、三宅和光、諸藤留美子、安田政子、山崎文子、渡辺美香、デヴィッド・バーレイの31名。
 

総会は協会創立者・現ディレクターである夏石番矢の参加者への挨拶から始まった。協会の設立の経緯、その後の紆余曲折から現在の状況にまで話は及んだが、国際的規模での俳句に関する意見の交換が、地域ごとの閉鎖的な状況を打ち破ることによって、日本を含む各国の俳句界にいかに貢献するかに重点が置かれた。夏石は海外への俳句紹介の歴史について触れ、それが主に日本人・日本語話者以外の知識人ラフカディオ・ハーンやR.H.ブライスの努力によるもので、日本の俳人たちがみずから世界に俳句芸術を広めようとする積極的な貢献がなかなか見られないことに苦言を呈した。世界俳句協会が果たすべき具体的課題のひとつの例として、日本の現代俳句の最良の部分を多言語に翻訳・紹介し、今日世界で俳句に興味をもつ読者が、近年の日本におけるこの形式の発展で達成された多様性を正しく認識できるようにすることが挙げられた。  世界俳句協会が求める規模での国際的な意見交換を行うにあたって、現在もっとも有効なツールがインターネットであることは否定しがたい。この点について、俳画をメインに据えた個人ウェブサイトSee Haiku Here (URL: http://www.mahoroba.ne.jp/~kuni_san/haiga_gallery/)を運営する協会顧問・清水国治が、海外の友人たちとのeメールを通じた交流からサイトを立ち上げ、さらに拡張していった過程を報告した。そうした共同での俳画を製作したのち、自分でも俳句を英語で書き始めたという清水の話は、今では日本人の間においても俳句に関わるようになる経緯がさまざまであることを示した点で刺激的なものであった。また、アメリカの俳人が自然の忠実描写にこだわる傾向があるのに対して、ヨーロッパの俳句では抽象・思索的傾向が強いなど、国際的形式としての俳句のなかで地域ごとの違いを感じたことなどが、清水の体験から語られた。
 続いて、世界俳句協会のウェブサイトWorld Haiku Association (http://www.worldhaiku.net/)の運営を、ホームページ・ディレクターとして現在中心になって担当している秋尾敏が、サイトの開設の経緯と運営状況を紹介した。特に、多言語間での俳句翻訳の水準をいかに向上させるか、コンピューター画面上で諸言語をいかに表示するべきかなど多くの課題が、サイト運営を通じて明らかになってきたことが報告された。世界俳句協会では英語を共通言語、インターネットを中心的なコミュニケーション・ツールとして採用しているが、真に国際的な組織として成長していくためには、英語以外の言語による表現を尊重していくこと、単一メディアに頼りすぎないことが重要となってくるだろう。秋尾は、今日のアメリカ主導のグローバリゼイションからこぼれ落ちていく声をひろっていくために、協会は常に新しいコミュニケイションの手段を探っていくべきであるとした。

清水と秋尾の世界俳句におけるさまざまな差異の指摘からいくつかのテーマが浮上したが、その内でもいかに世界俳句の実作を評価するのかについての議論が中心となった。夏石によれば、アメリカ合州国では地域ごとに数多くの俳句結社が生まれており、さらに毎年大きなアメリカ国内大会が開かれるようになってきている一方、ヨーロッパでの俳句作者には、各国を代表する他形式の創作も行う詩人たちが含まれており、個々人独立して活動するかたちが中心で、特に東ヨーロッパからの俳句形式への参入が目立っている。そうした多様性が前提となる状況では、俳句とは何であるか、またこれからどうなるべきであるのかについて、意見の混乱が見られるという。長谷川裕はアメリカの俳句組織が厳密に過ぎる創作規則を並べ立てる傾向があり、それに対して日本の俳人がみずからの創作原理を批評的に、日本の外のひとびとに伝わるように語ることを回避してきたのではないか、と指摘した。秋尾は柔道を、海外に受け入れられ、さらに国際的状況・交渉のなかで変化を経てきた日本文化の例として挙げ、俳句もまた国際的交渉のなかで共有されうる理解に至るまで、試行錯誤を重ねていく必要があるだろうと述べた。他国・他地域の俳句界が発展を続けるなか、日本の俳人が、異なった文化的背景をもつひとびとと共有する詩形としての俳句を意識しながら自分たちの批評的表現を修正していくことは不可避であると思われる。
 総会の最後に、乾(鎌倉)佐弓が世界俳句協会の現在の会計状況の報告を行った。詳細は省略するが、そこで明らかになったのは、世界俳句協会が同様の国際組織が直面するであろう困難を前にしているということである。その内のひとつは、会員の属する国・地域間に経済的に大きな格差があることである。協会は現在までこの問題に地域別の会費を設定することで対処してきたが、そのことはまた別の問題を招いている。地域によっては、会誌『世界俳句2005』の送料のほうが会費よりも上回ってしまったのである。当座は寄付と援助で不足分がまかなわれるということであるが、これらの課題を2005年7月にブルガリア、ソフィアで行なわれる世界俳句協会第2回世界大会で、会員が議題として検討することになるだろう。  総会後に会場近くの居酒屋にて、会員の山岸竜二と『世界俳句2005』の出版社西田書店の担当編集者・日高徳迪を加えて、懇親会がもたれ、くつろいだ雰囲気のなかで各メンバーの紹介と自作の俳句朗読が行なわれた。朗読のなかには拍手喝采を招いたものもあり、他の酔客の注目を浴びるほどであった。  
 協会ディレクター夏石番矢の総会での発言のとおり、これは協会の成長のなかでのほんの一歩に過ぎない。世界中の会員のこれからの努力にこの一歩の大きさがかかっていると言ってよいだろう。協会に求められるのは、幅ひろいさまざまな観点からの意見を受け入れていくことであり、またもちろん、各会員が高い水準の俳句を創作することを促し、それを国家や言語の枠組みを越えて効果的に共有できるよう支援していくことである。世界俳句協会が俳句文学の可能性の新たな地平を目指して、こうした課題を果たしていくことを希望する。(敬称略)