第四回世界俳句協会大会へむけて

夏石番矢

 日本で生まれた俳句が、世界へ広まった。このことを喜ばない日本人はいないだろう。文化の輸入国が、文化の輸出を俳句によって、かろうじてできたわけだから、なおさら喜ばしいのは言うまでもない。

 問題はその先である。これまで、俳句の国際交流は、日中、日独、日米、日仏など、二国間の交流イヴェントが多く、これらにおいてほとんど、日本が「教師」、相手の国が「生徒」という立場であり、「生徒」のできがよかろうと悪かろうと、日本は「教師」として振舞っていればよかった。

 しかし、「生徒」が成長したとき、あるいは自立心を見せ始めたとき、「教師」はどう振舞えばいいのだろうか? さらには、俳句の世界化が、日中、日独、日米、日仏という二国間では収拾できなくなり、一度に十か国以上が参加する多国間の局面となったとき、どうすればいいのだろうか?

 こういう状況にいたって、日本の既成の俳句協会は、国際交流からはほとんど手を引いた。あるいは、こういう状況には目をつぶり、おざなりな国際事業でお茶を濁している。

 私は、現代俳句協会の青年部長時代、一九九七年十一月に日仏交流の企画と運営を担当し、一九九九年七月に第一回国際現代俳句シンポジウム事務局長を務め、『日英対訳 現代俳句2001』(二〇〇〇年)出版の推進役ともなったが、現代俳句協会は、それ以上の国際交流には消極的になり、さらには一部役員から私の海外出張に対しての陰湿ないやがらせを受け、ついに私は現代俳句協会を退会した。

 このまま手をこまねいていると、俳句の世界化進行のさなか、日本の俳句は国際的に孤立してしまわざるをえない。 こいうときに、世界俳句協会(略称WHA)が、二〇〇〇年九月、スロヴェニアのトルミンで創立大会を開催し、一一か国約六〇人が集まった。同年十二月に、私は正式に世界俳句協会ディレクターになった。 創立大会報告記は、次のホームページに。

 http://www.worldhaiku.net/archive/whac1ja.htm

第二回世界俳句協会大会は、二〇〇三年十月、天理の天理教本部の施設を会場とし、「俳句、世界の掛け橋」をテーマとし、一三か国約一〇〇人が参加した。 第二回大会については、次のホームページ参照。

 http://www.worldhaiku.net/news_files/whac2/whac2.htm

 第三回世界俳句協会大会は、二〇〇五年七月、ブルガリアのソフィアとプロブディフで開かれ、「俳句、その東と西」をテーマに、一三か国約一五〇人が集った。

 第三回大会報告記
 http://www.worldhaiku.net/news_files/whac3/whac3report.pdf

 第三回大会記録
 http://www.worldhaiku.net/news_files/whac3/whac3records.htm

 そして、来年二〇〇七年九月十四日から十六日、東京で、第四回世界俳句協会大会を開催する。
 会場は、上野の水月ホテル鴎外荘と明治大学リバティータワー。 テーマは、「違いを超える俳句」。

 歓迎会、俳句朗読、世界俳句協会会議、講演、上野周辺散策吟行など、盛りだくさんなプログラムを予定している。

 今回は、すでにトルコ、エストニア、フランス、インド、ルーマニア、リトアニア、メキシコ、中国、米国、マケドニア、ポルトガルの詩人から、参加への意思表示があり、これまで以上ににぎやかな大会となりそうだ。

 俳句の本場、日本の皆さんのご参加を心よりお待ちしております。
 詳細は、今後、世界俳句協会のホームぺージの「ニュース」に掲載されます。

 世界俳句協会ホームページ
 http://www.worldhaiku.net/japanese.htm

 同ホームぺージ「ニュース」
 http://www.worldhaiku.net/news.htm