俳文(和訳)
<タイトル>卵形の石
<作者>清水国治
<掲載誌>国際俳句雑誌「吟遊」No.22 (April 2004)静かな朝。公園の雪は降り積もったまま。若者たちが走っている。近くの学校の陸上部か。元気
な声が近づき、遠ざかる。私はハドソン川の西岸にいる。しばし私はたたずむ。視線はエンパイ
ア・ステートビルの寂しげな尖塔に向けられたまま。晴れた日、
聞きとどけられなかった大声
まだ空に漂う凍てつく公園、
小水で知る
我が身の暖かさニューヨークは今日も寒い一日。私の同伴者はカメラマン。雑誌の取材中だ。ブルックリン橋の
袂にいる。この橋はこの街でもっとも古い建造物の一つ。私の足もとに長年の風化で丸くなった小
石があるのに気がついた。おみやげに少し拾う。双児の孫たちは逝った、
古いブルックリン橋
寒風にマンハッタン・スカイライン、
川べりで
卵形の石を集めて私たちはマンハッタンの金融街を歩き回って、そして中華街にでた。異世界突然出現。ここで昼
食にしよう。地元の人のように、通のように飯を食おう。案内人に導かれて狭い路地を歩いて食
堂に辿り着く。腹を空かせた中国人で満員だ。案内人のお勧めメニューは、牛肉と塩漬け魚のミ
ンチがのっかった蒸し御飯。注文がきた。蓋をあけると、臭いが鼻を突く。糞のような悪臭。私
たちの大きく膨らんだ期待感は一瞬にして縮む。なんとか数口食べたものの、ついにギブアップ。大道芸、
異界の赤い生き物が
出番を待つ取材の一つは改修された店鋪の好例を撮影すること。そんな店鋪を探してソーホー街を歩く。ア
ップル・ストアーがその一つ。元々は郵便局、その後食器を売る店に改修され、今はコンピュー
タ会社のショールームになっている。保安上、写真はだめ、と店の人は言う。次ぎはプラダの店
に入る。五番街にある本店の許可をもらってくれ、とマネージャー。時間がないんだ。我々は明
日早朝帰国する。ソーホー・ショーウィンドー、
裸のマネキンの
陽光に照らされた尻マネキンは町一番のオシャレさん。町の人たちの一歩も二歩も先のファッションを身につける。
休日のソーホー。今日は太陽が出て少し暖かい。目の保養には色さわやかな春コレクション。冷
えきった体には少しの日ざし。道路工事現場の巨大トラックは眠ったまま。都市景色、
原始の青空
気付かれず映りある画廊で学生の展覧会。展示の一つは電話受話器の彫刻。幾十もの受話器が電線で繋がれてい
る。まるで、絡まったスパゲティーのよう。床に広げて展示されている。この画廊では同じ部屋
を室内楽のコンサートなどいろいろなイベントに使用している。イベントが催されるたびに彫刻
は隅っこに積み上げられる。イベントが終わればもとにもどされる。そうして、ほぼ毎日、伸縮
を繰り返す。あたかも生き物のように。この様が作品の意図とは思えないが、それが私にはおも
しろい。夜中の画廊、
受話器の彫刻が
息を吹かえす雪降る夜、
あなたの消えゆく声をとらえんとして
受話器の握りを強め* **
ニューヨークから卵の形をした石を持ち帰った。石を拾った時はポケットの中で長い間冷たいま
まだった。ここは十分に暖かい。今、石の命が動き出そうとしているような。卵形の石から
孵化してくるもの、
NYの俳句とそれから、、、